APSN海外CME参加報告について
中国腎臓学会CMEに参加して感じた科学技術大国中国の着実な歩み
中国腎臓学会CMEに参加して感じた科学技術大国中国の着実な歩み
東京大学小児科 張田豊
2017年9月13日から16日に湖北省武漢市で行われた中国腎臓学会(CNS)のうち、9月14日のPlenary Session、CNS/ASN Joint Symposiumと15日のCNS/ASPN/ISN CME、CSN/ERA-EDTA Join Symposiumに出席させていただいた。
欧米やオセアニアでの国際会議には出席したことがあったが、中国国内向けの学会に参加するのは初めてである。学会自体のスケジュールは日本国内からはグーグルでは検索できなかった。大まかな日程が送られてきたのが8月8日、正式な講演スケジュールがメールで送られてきたのは9月8日、実に一週間前であった。
学会は中国医学会腎臓病学分会2017年学術年会という正式名称であり、中国医学会としてあるいは中国としての威信がその後も随所に感じられた。大会長は広東省の中山大学教授の余学清(Xueqing Yu)先生である。14日午前のPlenaryセッションは1500人ほどの座席が用意された広い会場で行われ、ASNのPlenaryセッションのように大画面に講演内容が映し出される。講演によっては英語のスライドと翻訳された中国語のスライドの両者が投影されていた。海外からの講演としては、Mark Rosenberg先生によるSGLT2阻害薬などDKDの治療を含んだCKD治療についての講演、Andrzej Wiecek先生(Medical University of Silesia, Poland)によるHIF阻害薬を含めた貧血治療の講演、Wolfgang Winkelmayer教授(Brigham and Women's Hospital)による腎不全患者の貧血について、特にエリスロポエチンと高度との関係についての発見の経緯についての講演と、学術的に非常に興味深い講演内容であった。座席は前の方から埋まっており、ざっと600名程度は聴講していたと思われる。
14日午後のCNS/ASN Joint SymposiumではHeather Reich先生(Toronto General Hospital)が膜性腎症でのリツキシマブ療法、IgA腎症でのTESTING study (JAMA 2017)やTRF-budesonide (Lancet 2017)、AAVにおけるC5aR阻害薬(CLEAR study)、 SLEにおけるRITUXLUP studyなど先進的な治療法の現状について講演された。Fanfan Hou先生(南方医科大学)は葉酸の脳卒中予防効果を示した研究(JAMA 2015)のサブスタディである、葉酸のCKD進展予防効果を示した研究(JAMA Internal Medicine 2016)についてお話しされた。続いて大会長のYu先生がGlomerulopathy of Genetic Originと題した講演で、漢民族の大規模な遺伝子解析について報告された。例えば1331人のループス腎炎患者とほぼ同数のコントロールを用いたエクソンシークエンスでループス腎炎(LN)とMHCの多形との関係を明らかにし、MHCでの抗原提示の異常とLN発症の関連を示唆する結果であった(JASN 2017)。またIgA患者でのGWASについては2011年のNat Genet誌の発表に次ぎ2015年Nat Communでも報告し、欧米との遺伝的背景の違いを明らかにしている。最近ではCNVについても解析され、DEFA1A3のCNVがIgANの発症リスクや重症度と関係することを明らかにされた(Sci Transl Med 2016)。また現在ゲノムを含んだコホートとしてなんとIgAN10000人、LN5000人の前向き研究が進行していることを明らかにした。
CNS/ASN Joint Symposium後半ではLouise Moist先生(London Health Science Center, Canada)による透析患者のケアについての話題、Song Jiang先生による糖尿病性腎症モデルでのsrGAP2遺伝子発現の変化からsrGAP2がポドサイト機能維持に重要であることを示した報告(論文未発表)、John Friedwald先生による移植関連の話題(HCV, AMRに対するEculitumab等)の提供があった。このセッションの締めくくりとして大会長のYu先生は中国には膨大なリソースがあり、国も積極的に研究を支援していること、またASNと共同することでお互いに得るものが大きいと、Jointプログラムの意義を強調して終了した。
15日はCNS/ASPN/ISN CMEに出席した。Philip Li教授(香港中文大学)が香港腎疾患レジストリ(Kidney Int 2015)の説明とPD first政策の香港の現状(8割がPD) (Kidney Int 2015)、中国でPDが急増している現状について話された。その他 Qi Qian先生(Mayo clinic)は塩分摂取とAVPの関連について、また南学正臣先生(東京大学)はDKDの概説、バルドキソロンメチルのBEACON study及び現在日本で進行中のTSUBAKI study)、HIF activatorの脂質代謝調節についてなどについてお話しされた。続いてGuangyan Cai先生が高齢者での腎障害、特にシスプラチン腎症について、Huiyao Lan先生(香港中文大学)がTGFb高発現マウスやSMAD3KOマウスなどの解析結果、また稲城玲子先生(東京大学)がCKDにおけるUremic toxinの本体やglyoxalaseと腎の老化についてお話しされた。また特に印象深い話題としてSydney Tang先生(香港大学)がDKDのこれまでの様々な薬剤の治験を振り返り、DKDがそもそもヘテロな集団であるからこそ治療効果の有意差は層別化後に判定する意義が大きいと主張した。病名で対象を決定するのではなく、様々なパラメーターを加味した上で治療選択をすることの重要性を改めて認識した。またMinghui Zhao先生(北京大学)は中国におけるCKDの疫学の最近の変化(DKDが現在最も多い)と、IgA腎症が減少するのに対して膜性腎症(MN)が増加している現状を報告した。またMNでMHC class IIの二つのリスクアレルが関与していること、それによるMCH分子の構造の変化などがいかに膜性腎症の発症と関連するかについて講演された(JASN 2017)。MNの増加は中国の大気汚染の影響が明らかになっている(Fanfan Houら、JASN 2016)、この研究では中国の282の地域での11年に及ぶ7万件以上の腎生検結果と大気汚染の関連を調べており、膨大なデータを迅速に収集・解析し、疫学上の変化の原因を探り当てることに成功している事実に圧倒される。
15日午後は途中からCSN/ERA-EDTA Joint Symposiumを聴講した。ここでは比較的若い研究者が自身の研究について発表していた(Jinhua Hou先生ループス腎炎の治療成績、Wei Cao先生(南方医科大学)の脳内RASのCKD及びAKIモデルにおける重要性 (JASN 2015, Antioxidants& Redox signaling 2017)、Min Chen先生(北京大学)のANCA関連腎炎における補体や凝固異常の重要性(Nat Rev Nephrol 2017))。最後にXiaogang Li先生 (University of Kansas)がPKDマウスの解析により発症に関与する因子としてSirtuin (JCI 2013)やBrd4 (Hum Mol Genet 2015)、最近ではメチルトランスフェラーゼのSMYD2 (JCI 2017)問いう一連の研究をお話しされた。SMYD2の阻害やChIPアッセイによりその下流を明らかにされており、ますますの研究の進展が期待される。
全体を通して海外からの招聘演者や欧米で活躍する中華系研究者、そして中国本土や香港の最先端の研究者などCMEとしての科学的なレベルは相当高いものであった。さらに英語のみのセッションであっても会場はほぼ満員、特に前から座席が埋まっていき、スライドを一生懸命スマートフォンで撮影する様子(正式には禁じられている)など、強力な科学的好奇心にドライブされた若者達を見ることができた。中国語のセッションは幾つか立ち寄っただけであったが、メイン会場(1000人ほど収容)は会場の脇や外に立ち見の聴衆で溢れ、CKD治療やPDのカテーテル挿入など実践的な講演に熱心に耳を傾けていた。現地語のセッション内容は日本の腎臓専門医向けの講演内容よりはより平易な内容のようであり、湖北省の一般の内科医や泌尿器科医なども多く集まっていたのではないかと推察された。HPによると当日の参加費は1200元=約2万円ほどと決して安くはない。しかし昼時のセッションでもランチなどはなくペットボトルの水のみが提供されていた。またどの会場の参加者も、また運営スタッフも女性が大変多く、聴衆の6-7割は女性であった。調べてみると中国の医学部での女性比率は6割強(Wen et al. BMC Medical Education 2013)であり、その比率を反映していると思われる。ポスターは学会全体で500演題ほどと参加人数に比べるとやや少なめである。企業ブースでは日本を含む海外の企業が多いが最も目立つ場所では中国の企業が透析関連の展示を大々的に行っていた。
中国本土ではグーグルやTwitterを使用することはできず、検索エンジンとしてはBaidu(百度)などが使用される。逆に現在日本からはBaiduを見ることはできない。これだけグローバルな世界で、ある意味情報が分断されていることを実感することは驚くべき経験であった。それぞれの住人がPubmedなどを通して共通の科学的知見を探求している一方、研究が進みにつれて欧米と中国・アジアとの臨床的な差異が環境的あるいは遺伝学的な違いで説明されつつある事実は大変興味深い。日本や欧米だけを見るのではなく、外から情報が見えにくい大国中国の科学技術の進展に注目することの重要性は今後ますます増すだろうと思われる。
Asian Pacific Society of Nephrology (APSN)
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