キャリアプラン

三枝 孝充 先生-留学体験記

名前 : 三枝 孝充
留学タイミング:卒後8年
留学先(国):アメリカ
研究留学か臨床留学:
臨床(内科レジデント:ニューヨーク州立大学 Long Island College Hospital:LICH病院)→ 臨床+研究(腎臓内科フェロー・専門医:Medical University of South Carolina:MUSC)→ 臨床+研究(腎臓内科専門医・主任研究者:University of Alabama at Birmingham:UAB)
留学中の研究領域・テーマ:多発性嚢胞腎 (三枝ラボ: ポスドク募集中)
連絡先:tsaigusa@uabmc.edu

―留学を希望するまで、なぜ留学を望んだか

私が留学を志したのは、卒後3年目の自衛隊医務室勤務中に、将来のキャリアについて色々と考える時間ができた頃のことです。防衛医大生時代にお世話になった、当時腎臓内科・講師の小林修三先生(現在:湘南鎌倉総合病院長)に相談した際、「帰国子女として、アメリカでの経験を活かし、臨床留学に挑戦してみるのはどうか。」と助言を頂いたのがきっかけでした。アメリカの臨床教育は、症例数も豊富で、一通りの知識と経験をレジデンシーで学ぶことができ、教育熱心な指導医による教育を受けられる上、レジデントの勤務時間も保護されているなど、大変魅力的でしたので、遅いスタートではありましたがUSMLEの勉強を始め、3年ほどでECFMGを取得しました。

―留学先を決定するまで、どうやって決めたのか

留学先は、西元慶治先生のリーダーシップで30年以上にわたり臨床留学生を輩出してきた、東京海上日動メディカルのNプログラム(https://www.tokio-mednet.co.jp/company/nprogram.html)にお世話になりました。私の場合、USMLE step1の点数が非常に低かったことと、卒後からの年数が経過していたこともあり、100箇所以上の研修医施設に応募するも、2件ほどしか面接に呼ばれませんでした。その結果、1年目はマッチせず、2年目になんとかニューヨーク州立Long Island College Hospitalにマッチしました。結果的にマッチしたとは言え、当初はこの病院からも面接に招待してはもらえませんでした。そこで、自らNYへ行き、「いま近くにいるのだが、面接をしてもらうことはできないか?」と言う旨の電話をかけ、なんとか面接にこぎつけました。このような経緯を経て、幸いにして採用に至りました。アメリカでは、わずか20数人程度のレジデント枠に対し、何千という数の応募があるそうです。USMLE Step1の点数が低い応募者に対して、足切りを行うのが通常の選抜過程なので、その中でマッチできたのはとても運が良かったということになります。

―留学するまで、何が必要か、何を準備すべきか

私が留学をした頃に比べ、現在はたくさんの情報を取得できるため、USMLEの勉強法など の詳細を助言することは控えます。一つ言えることは、レジデンシープログラムにマッチするのは狭き門ですので、コネはないよりはあったほうが良いと思います。実際に留学した先輩方に連絡を取って話を聞いたり、現地でしばらく研究やボランティアをすることにより自分を知ってもらい、臨床現場のobserverをする機会を得るなどして、指導医から良い推薦状を得ることができれば、さらに有利になります。米国の医学部卒業生も、大学(undergraduate)在学中、もしくは卒業後、Medical school に入るまでの間に、ラボで研究やボランティアをして、論文に名を入れてもらうような努力をし、良い推薦状を得ている候補者がたくさんいます。そういった人たちとポジションを競うわけなので、競争が激しいことは容易に想像がつくかと思います。このような準備に1-2年費やすことは、長期的に見ると、価値のある投資になるでしょう。

―留学してから

内科レジデンシー:内科研修は、留学本で読んだような素晴らしい内容ばかりではありませんでした(笑)。特に、細かな医療の質や一般人の医療へのアクセスは日本のほうが良いです。ただし、優秀な指導医による熱心な教育、多々あるカンファレンス、Morning reportなど発表の機会を通して行われる教育システムはとても優れています。研修中の症例数は、日本に比べ圧倒的に多いですし、症例の幅が広いのはどの科でも共通して言えるかと思います。内科は、3年の研修期間中に、一通りすべての科の疾患を大まかに診ることができるようになります。

LICH内科研修のミーティングでの一枚(2007年頃)

腎臓内科フェローシップ:腎臓内科医になるには、内科レジデンシー修了後、専門研修(フェローシップ)を2-3年行う必要があります。臨床だけの場合は2年ですが、私はリサーチも含めたT32フェローシップ(1年の臨床研修と2年のリサーチ研修)をサウスカロライナのMUSCで行いました(J1などのビザで研修をしている場合は採用の対象外ですのでご承知おきください)。いくつかの施設での面接を経て、この大学病院で当時のメンター・Darwin Bell氏と出会い、primary ciliaと多発性嚢胞腎(PKD)の関連リサーチが面白そうだと感じたこと、サウスカロライナ州のチャールストンという海沿いの美しい街が、研修場所決定の決め手となりました。臨床研修の1年は、忙しい腎臓内科コンサルト業務を集中的にこなす必要があるため、必然的に要領が良くなり、多くの症例数を診ることができます。腎臓内科の入院コンサルトは、時には40人以上の患者を毎日回診するため、一つの症例をじっくり診るということは現実的には難しいです。腎臓生理を学ぶ機会が非常に豊富でした!これは腎臓内科研修をする一番の利点であると思います。フェローシップの基礎研究は、充分な時間を研究に費やすことができ、それなりに成果もでたため、卒業後はPhysician scientist trackのファカルティーとしてMUSCの腎臓内科に採用して頂けました。

Facultyとしてリサーチをするためには、リサーチに費やす給料と研究に必要なお金を外部から獲得(グラント)する必要があります。ファカルティ―になってからの数年は、スタートアップとして研究費・給料の面で、MUSCからの援助があったことが非常に大きいです(施設によってはこの待遇があるとは限りません)。その間にNIHに何度もグラントを応募し、数年かけてようやく2015年にK08というキャリア育成グラント(5年)を得ることができました。それを機にアラバマ大学バーミングハム校に異動し、ラボを立ち上げ、最近independent grant であるR01グラントを取得することができました。これは自分が楽観的であったことと、良い同僚やラボメンバ―、共同研究者など多くの方々からアドバイスをもらいながら、諦めずに、何度も挑戦した結果、取得できたものと思っています。

UABのラボメンバーとsummer studentたちが来ていたときの一枚(2021年)

医療制度:米国のどこで働くかにもよりますが、日本国民が当たり前のように受けている医療環境は、ある意味、特殊なのだと実感することができます。米国の田舎は特に顕著ですが、生活習慣病の頻度が多いにも関わらず、医療へのアクセスにバリアがあり、社会問題になっています。劣悪な生活環境で生まれると、貧困と教育が不十分で、物心ついたときには薬物など犯罪に巻き込まれているケースも有ります。そうなると、彼らは仕事に就くことができず、貧困、犯罪の負の環境からなかなか抜け出せません。またこういった地域の多くは”food desert”と呼ばれ、生鮮食品が手に入るスーパーマーケットが少なく、多くは超加工品に依存するため肥満が多く、糖尿病など生活習慣病に繋がりやすくなります。しかし彼らの多くは仕事も医療保険もないため、プライマリケア医すら受診できません。このように、医療の質以前の問題を抱える、アメリカの暗い一面を見ることができます。またプライマリケアにかかれても、例えばSGLT2阻害薬などの新しい薬は保険がカバーしないなどの状況があり、彼らは標準治療を受けられないわけです。こういった社会的要素が有病率や死亡率に大きく関与することは想像がつくかと思います。

また診療システム、特に医療ITは現在とても進んでおり、病院外からの電子カルテへのアクセスは大変便利で良いと思います。特にtelehealthに関しては、日本とは法律が異なるという面もありますが、家にいながら複数の病院の患者さんをwebカメラを通じて診療し、コンサルトのカルテを書いたり、自宅のコンピューターから透析のオーダーなど出すことは、日本では難しいと想像します。この制度により特に僻地医療が活性化しています。

―留学後のキャリアパス・プラン

臨床留学の場合:
米国で腎臓内科臨床医として働くためには、ECFMG を取得し、とにかく内科レジデンシーに入ることです。私のように、Nプログラムを通して臨床留学の機会を追求しつつ、個人的にも研修先にアプリケーションを多数出して、ポジション獲得の可能性を広めるのが良いかと思います。また、先述したように、コネをできるだけ利用することは重要です。年々レジデンシーは狭き門となってきているため、研究やボランティアで数年こちらで過ごすことも視野に入れておかなければ、ポジション獲得は難しいのが現状だと思います。

また、腎臓内科フェローシップから始めるという方法もあります。具体的には、腎臓内科のフェローシップは、2023年現在、内科レジデンシーよりもポジションを得るのが容易であることを考慮し、まずはフェローから入り、その後レジデンシーを行い、腎臓内科専門医を取得する方法です。フェローになると、臨床能力、教育力、リーダーシップなど、全てにおいて周囲から最低限のレベルを期待されます。したがって、日本からいきなりこのポジションで研修を開始した場合、言語の壁に加え、こちらの医療システムに不慣れであるため、精神的にも肉体的にも大変です。また、専門研修が終わったあとに、内科のレジデンシーを再度するのはいろいろな意味で大変です。

臨床+研究(physician scientist)を目指す場合:
私のように米国市民もしくは永住権を持っている場合は、腎臓内科研修に研究を組み込んでいるNIHのT32フェローシップをすることが一番の近道でしょう。ただし、一般的にビザでの渡米(J1ビザなど)となる場合が多いと思うので、基本は臨床研修(レジデントとフェローあわせ最大7年間)をした後に、日本に2年は戻らなければなりません(2 year rule)。それを回避する方法として、J1waiverという、「米国の僻地など、医師不足の地域で3年間働いた後、グリーンカードへ移行する」手続きができます。このJ1waiverは、行う地域・施設によって大分条件が違うと思いますが、私が現在勤めているUABは、その指定地域にあたります。したがって、アカデミックな環境でJ1waiverをすることも可能です。その場合、Facultyとして採用され、臨床中心の業務になることは間違いありませんが、研究に費やす時間も確保できるため、その間に論文やグラント(財団や米国腎臓学会米国心臓協会などはビザ保持者でも取得可能)に応募し、waiver後に主任研究者を目指すことも可能かと思います。(R01グラントは永住権がなくてもとれますが、J1による 2 year ruleから逃れることはできないと思います)

研究留学の場合:
私の場合、研究単独での渡米ではないため、あまり具体的な助言はできませんが、米国で主任研究者になった方の多くが、これから述べるpathwayを経験していると思います。多くの方は、ポスドクとしての研究留学中に、インパクトのあるジャーナルへの論文を複数出すなどの成果を上げると、それをもとにフェローシップグラントや“フェローからファカルティ―への移行”グラントなどに挑戦して行くことになります。もしこのような小さなファンディングが取れると、ファカルティーとして採用される可能性が出て来ます。ファカルティ―になりR01など大きなfundingが取得できると、主任研究者として自身のラボを立ち上げることができます。ここまでの想定はしやすいと思いますが、その後ファンディングを取り続けなければならないという現実が続くことも事実で、強い精神力を要するポジションです。また、主任研究者になる頃には、米国滞在期間も長くなっているため、就学年齢のお子さんがいる場合は、学校の進路問題など、家族の事情も考える必要があります。こちらで臨床をする資格があると、仮に研究でのキャリアがうまくいかなくても、臨床でやっていけるという安心感があることは事実です。それでもこの研究医pathwayで成功している人たちはたくさんいらしゃるので、そういった方の体験談を読んだり、聞いたりされることをおすすめします。

―海外留学を目指す先生方へのメッセージ

留学の意義は、色々ありますが、一番大きいのは、臨床にしても研究にしても、本やウェブで読んだりするだけではわからない体験ができることです。また、もう一つの意義は、いい仕事をすれば、米国はまず正当に評価をしてくれることです。

留学中に学ぶことはたくさんありますが、その一つにdiversityの強みをあげます。医学に携わる多くの人たちは、国内外から選りすぐられた人材で、高い能力を有しているだでなく、人間としての魅力がある人が多く、彼らから学ぶことは多いです。

研究に関しては、連邦政府や協会、財団など、グラントの規模や数は日本よりも大きく、挑戦するに値します。また、研究に費やす時間をそういったお金で買うわけで、診療の片手間で研究をする必要がないのは、考えてみると当然ですが、やはり恵まれた環境です。

最後に、米国で働くとわかることは、自分の時間を大切にできることです。家族と過ごす時間が増え、プライベートの時間が大変に充実すると思います。プライベートが安定すると、仕事も安定します。米国のオン・オフがはっきりした生活は、仕事の効率を上げると個人的には思います。こういった環境は、お金では買えない貴重なものです。

皆さん、どんな形でもよいので、知見を広め、良い教育を受け、できればファカルティ―や主任研究者を目指すなど、こちらで指導する経験まですることを目指してください。医師としてのキャリアを大きく変える機会になるでしょう。