01)ニュース&トピックス
病腎移植に関する日本腎臓学会の見解
病腎移植に関する日本腎臓学会の見解
平成19年5月2日
社団法人日本腎臓学会
理事長 菱田 明
(1) 日本腎臓学会は、平成19年3月31日に公表された、日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本透析学会、日本臨床腎移植学会による「病腎移植に関する学会声明」に賛同し、共同声明に連名の形で参画する。
(2) 日本腎臓学会は、腎臓内科医が多数を占める学会の責務として、市立宇和島病院で行われたネフローゼ症候群を呈するドナーから第三者への病腎移植に関しての医学的妥当性に関して議論を重ねた。その結果、今得られる情報を総合的に判断する限り、ネフローゼ症候群ドナー腎の摘出と移植適応の妥当性には医学的、倫理的に重大な問題点があり、今回の移植を安易に容認できるものではない( 下記参照)。
(3)日本腎臓学会は、ドナー腎増加による献腎移植の推進のための活動にさらに積極的に関与する。さらに、将来の臓器提供範囲の拡大についても、社会、政策当局、関連学会と協調して、公開の議論に参加する所存である。
ネフローゼ症候群を呈するドナーからの
生体腎移植に関する意見書
平成19年5月2日
社団法人日本腎臓学会
理事長 菱田 明
生体腎移植は、臓器受託者(レシピエント)の恩恵だけでなく、臓器提供者(ドナー)の利益と権利が守られることが前提の医療である。この点に関して、日本腎臓学会は、今回のいわゆる病腎移植に関しては、3月31日に公表された「病腎移植に関する学会声明」の見解を全面的に支持し、声明を共有するものである。一方、ネフローゼ症候群を含む保存期の腎疾患治療の主体を為す内科系医師が会員の多数を占める学術団体である日本腎臓学会の性格を考慮すると、今回のネフローゼ症候群を呈するドナーからの摘出腎に対する治療の妥当性に関しては、見解を公表する社会的使命があると考える。そこで、日本腎臓学会では病腎移植特別調査委員会の議論を経て、理事会にて以下の見解を纏めた。なお、この見解が立脚する事実関係は、関連診療録および腎生検病理報告書に拠っている。
1.腎摘出の医学的妥当性について
第三者をレシピエントとする生体腎移植としての病腎移植が妥当であるためには、腎摘出自体が治療行為として妥当であることが大前提である。この点は、ドナーからの摘出腎を近親者であるレシピエントに移植する一般的な生体腎移植とは決定的に異なっている。したがって、今回明らかになった市立宇和島病院で行われたネフローゼ症候群を呈するドナーからの生体腎移植に関しては、腎摘出の治療として妥当性が検証されるべきである。
今回、3名のネフローゼ症候群患者がドナーとなり、両腎摘出が施行され、非血縁者と思われる血液透析患者6名に生体腎移植が行われている。この腎移植におけるドナー腎摘出の主治医側の理由は、治療抵抗性の重症ネフローゼ症候群で、正常な社会生活を営むには両腎摘出による透析療法への移行が患者の利益であるとの判断と推測される。しかし、近年の医学の進歩によって、数年前の腎移植当時でも、難治性ネフローゼ症候群の治療には、副腎皮質ステロイド薬に加え、シクロスポリン、ミゾリビンなどの免疫抑制薬の治療効果が証明されていた。これらの薬剤の複数を試みて無効である場合に初めて難治性ネフローゼ症候群と判断される。また、難治性ネフローゼ症候群に関しても、利尿薬、レニン・アンジオテンシン系阻害薬(尿蛋白減少作用)、LDL吸着療法、血漿交換さらには血液濾過法などによる内科的保存療法による蛋白尿・体液の管理の結果、浮腫などの症状軽減もある程度可能である。そのため、難治性ネフローゼ症候群であっても、腎摘出が治療の適応となる例は、小児の先天性ネフローゼ症候群での腎移植を前提とした場合以外は、実質的には皆無と考えるのが今日の腎臓病診療の実態である。今回のドナー3症例のうち2名の原発性糸球体腎炎(病理学的にはIgA腎症、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)あるいは初期膜性腎症の疑い)によるネフローゼ症候群ドナー腎は、病理学的な腎組織障害度および腎機能からは内科的治療を諦める段階とは考えられない。また、両腎摘出までの治療は、シクロスポリン以外の免疫抑制薬への薬剤変更を含む充分な内科的治療が行われたとは判断できない。また、1例のループス腎炎ネフローゼ症候群においても、腎摘出前に副腎皮質ステロイド薬以外の薬剤使用などの内科的治療が充分に行われていない。
以上から、ドナー3名の両腎摘出は、数年前の腎移植当時においても医学的に妥当とは判断できない。
2.腎移植の適合性とドナーの予後について
ループス腎炎ドナーの移植前合併症として、B型肝炎、糖尿病、敗血症があるにも拘わらず、生体腎移植を実施している。レシピエントの一人は、移植後、腎機能は安定し、尿蛋白も正常化したが、移植後約3ヶ月で、重症膵炎、肝不全で死亡している。移植腎は機能していたが、肝不全にはB型肝炎の関与も否定できない。もう一人のレシピエントは、腎移植後、十分な移植腎機能が得られず、多量の尿蛋白も持続し、約1ヶ月後に移植腎摘出、透析への移行に至っている。
この例は、レシピエントに影響する重大な合併症のあるドナー腎の移植の限界と危険性を示唆している。
一方、原発性糸球体腎炎と考えられる2人のドナーからの移植の場合は、4人のレシピエントで腎機能は概ね良好で、尿蛋白も軽快または消失している。ただし、1人については、移植後1年4ヶ月後、尿蛋白量が増加している。
これらの原発性糸球体腎炎ドナーの例は、移植後に移植腎の機能は安定し、ネフローゼ症候群(高度の蛋白尿)が少なくとも一時的には寛解するという効果があったと判断される。
3.日本腎臓学会の現時点での見解
今回のネフローゼ症候群ドナーからの生体病腎移植に関しては、今得られる情報を総合的に判断する限り、ドナー腎摘出と移植適応の妥当性に医学的、倫理的に重大な問題点があり、到底容認できない。さらに、倫理委員会の承認、ドナー・レシピエントへの説明と文書での同意取得、レシピエント選択の公正・公明性、結果の公開性などの実験的性格をもった医療に必須な倫理的要件の欠落がある。また、治療法が進歩した今日の現状では、ネフローゼ症候群における腎摘出の適応は皆無に近いと考える。したがって、病腎移植の妥当性はドナーの病腎摘出の妥当性が前提との立場からは、今後のネフローゼ症候群ドナーからの生体病腎移植の可能性は極めて低いと言わざるを得ない。ただし、レシピンエトの移植後の腎機能が改善した例もある点は、4人のレシピエントの方々の今後の適正な管理の必要性、及び病腎移植の妥当性に関する今後の検討の必要性も示唆している。
日本腎臓学会は、日本の腎不全医療における腎移植の推進の重要性を鑑み、日本におけるドナー腎の不足を深く憂慮するものである。今後、市民、政策当局、関連学会と協調して献腎移植のさらなる推進に努力する決意である。さらに、医学の進歩による腎移植の適応拡大などの今後の課題に関しても、社会に開かれた議論に積極的に関与する所存である。今回の病腎移植は、そのための教訓として活かすべきであると考えている。