大島賞・CSA(Clinical Scientist Award)
平成19年度 大島賞選考結果報告
平成19年度大島賞選考結果報告
褒章選考委員会
委員長 佐々木 成
大島賞は若手研究者を対象に、将来の腎臓学研究のリーダーたりうる人材に光を当てることを目的に設けられたもので、毎年2名の40才未満の研究者に授与されている。平成19年度の大島賞選考委員会は平成18年9月25日に行われた。本年は8名の候補者の推薦があり、まず事前に候補者の推薦書・履歴書・研究業績ならびに主論文3編を各委員へ送付し、順位ならびに評価コメントを依頼した。委員会では研究の質、一貫性、オリジナリティー、将来性を個々の応募者ごとに検討し討議を行い、その結果、以下の2名が候補者として推薦され、平成18年12月4日の理事会において承認された。
熊本大学大学院医歯学薬学研究部腎臓内科学 北村 健一郎
「プロテアーゼ/プロテアーゼインヒビターの相互作用による生体Na代謝制御の分子基盤」
北村健一郎氏は1990年に東京医科歯科大学医学部を卒業後、第二内科に入局、臨床研修後に大学院に進学し、尿細管イオン輸送の研究を開始した。1993年にはテキサス州立大学Tyler Miller博士のもとに留学し、三量体GTP結合タンパク質を介した細胞内情報伝達系によるNaイオン輸送体の制御や細胞内Ca濃度の制御について数々の業績をあげた。
帰国後は上皮型Naイオンチャネル(ENaC)の研究に着手し、ラット腎臓よりセリンプロテアーゼのプロスタシンを単離してプロスタシンがENaCを活性化することを明らかにした。その後、次々とプロスタシンによるENaC活 性制御に関する知見を発表し、原発性アルドステロン症の高血圧発症におけるプロスタシンの関与やメシル酸ナファモスタットによる高カリウム血症発症におけ るプロスタシンの関与について明らかにした。プロスタシンの血中・尿中測定系も完成させ、幅広い臨床研究も始まっている。さらに、protease nexin-1がプロスタシンの活性を制御しENaC活性を調節していることを明らかにし、生体のNa代謝制御におけるプロテアーゼおよびプロテアーゼインヒビターの相互作用の重要性を確立した。以上、氏は一貫して腎での電解質輸送について研究を行い、特にセリンプロテアーゼによるENaCの活性化機構という新しい概念を確立したことは独創的であり、我が国の腎臓病学上も特筆すべき業績で、大島賞受賞に値すると判断された。
群馬大学生体統御内科学 前嶋 明人
「腎尿細管再生メカニズムの解明」
前島明人氏はこれまで一貫して「腎臓の再生機序の解明」に取り組んできた。アクチビンはTGF-betaファ ミリーに属する分化誘導因子、フォリスタチンは天然に存在するそのアンタゴニストであり、この系は様々な臓器の形成過程に大切である。腎臓におけるこの系 の役割を明らかにするため、氏はアクチビン受容体発現トランスジェニックマウスの腎臓を解析し、また、培養細胞を用いた尿細管形成モデルを利用して、「ア クチビンは腎尿細管形成に必須なNegative Regulatorで ある」ことを初めて明らかにした。さらに、虚血/再灌流性腎不全モデルを用いて、「アクチビンは尿細管再生過程においても、増殖・分化を規定する重要な分 化誘導因子であること」を証明した。さらにフォリスタチンが再生促進因子として作用することを明らかにしたが、これは従来の増殖促進因子の補充療法とは異 なり、内因性抑制因子の作用をブロックすることによって再生を促進しているという点で新しい。
氏はさらに研究を進め、組織幹細胞に共通する「細胞分裂の非常に遅い」細胞集団を腎細胞内に同定することに成功し、この細胞集団が尿細管再生過程で観察される増殖細胞のOriginで あることを突き止めた。また、氏は留学中にこの細胞集団の分離培養に成功し、様々な腎構成細胞に分化しうることを明らかにした。これらの研究成果は腎臓の 再生機序の理解に役立つだけでなく、様々な腎疾患に対する新しい治療戦略の可能性を示唆している。このような氏の一連の仕事は先駆的であり、軸のぶれない 独創的なものと評価され、大島賞に値すると判断された。