大島賞・CSA(Clinical Scientist Award)
平成20年度 大島賞選考結果報告
平成20年度大島賞選考結果報告
褒章選考委員会
委員長 佐々木 成
大島賞は若手研究者を対象に、将来の腎臓学研究のリーダーたりうる人材に光を当てることを目的に設けられたもので、毎年2名の40才未満の研究者に授与されている。平成20年度の大島賞選考委員会は平成19年9月28日に行われた。本年は4名の候補者の推薦があり、 例年より候補者が少なかったのが残念であった。まず事前に候補者の推薦書・履歴書・研究業績ならびに主論文3編を各委員へ送付し、順位ならびに評価コメントを依頼した。委員会では研究の質、一貫性、オリジナリティー、将来性を個々の応募者ごとに検討し討議を行い、その結果、以下の2名が候補者として推薦され、平成19年11月12日の理事会において承認された。
久留米大学内科学講座腎臓内科部門 上田 誠二
「慢性腎疾患における血管障害機序の解明」
上田誠二氏は平成7年に久留米大学医学部を卒業後、同大学第三内科へ入局し、一貫して動脈硬化についての研究を行い、最近は特に慢性腎臓病における微小・大血管障害の成因・病態についての研究を精力的に行っている。
内皮機能はすべての臓器の機能保持に必須で、その内皮機能に重要な役割を果たすのが一酸化窒素(NO)の産生と利用率である。上田氏はまずヒトの血管内皮機能を測定することで、NO合成酵素の補酵素であるtetrahydrobiopterin (BH4)がNO 産生及び内皮機能の保持に必須であることを明らかにした。またNO合成酵素の調節因子として、内因性NO合成酵素阻害物質であるasymetric dimethylarginine (ADMA)に注目し、これが動脈硬化の独立した危険因子であることを発見し、さらにADMAの分解酵素であるdimethylarginine dimethylaminohydrolase(DDAH)が生体内のNO- ADMAを規定する重要な因子であることを見出した。慢性腎臓病ではADMAの血中濃度が増加し、このことがこの患者群で心血管症が多発する一因と考えられているが、慢性腎臓病でのADMA増加は腎からの排泄低下よりむしろADMAの合成酵素PRMTの増加と分解酵素DDAHの低下によりもたらされるという機序を明らかにし、またADMAが慢性腎臓病における高血圧の発症や腎障害自体の進展、とくに傍尿細管毛細管の障害を介し、腎不全進展に関与することを発見した。ADMA分解酵素であるDDAHの強制発現させることにより、高血圧の発症及び微小血管網の喪失が抑制され、腎不全の進展を抑制できることを明らかにした。また現在も、ADMA抑制方法の開発をおこなっている。これらの成果は医学部卒後11年間で欧文学術誌30編を越える論文としてまとめられている。
以上の一連の研究内容はきわめて独創性が高く、国内外で高い評価をうけている。このような上田氏の仕事は現在注目されている慢性腎臓病で多発する心血管 病の合併や腎障害進展の機序の理解に役立つだけでなく、新しい治療法の開発の可能性を示唆しており、大島賞に値すると判断された。
金沢大学医学部附属病院血液浄化療法部 古市賢吾
「腎虚血におけるケモカイン・サイトカインカスケードの意義」
古市賢吾氏は平成5年に金沢大学医学部を卒業後、直ちに同大学第一内科に入局し、ヒト糸球体腎炎におけるケモカイン受容体の発現に関する研究を開始し、平成12年に学位を取得した。
その後も首尾一貫して腎障害共通進展機序として重要な腎虚血を検討している。ことに早期にみられる炎症から後期にみられる線維化に至る一連の過程を、ケ モカイン・サイトカインカスケードとして経時的にとらえる新しい視点を導入し、優れた業績を残している。具体的には、腎虚血初期から上昇するinterleukin(IL)-1が経時的なケモカインの産生に関与し、これらケモカインの発現に重要な細胞内のシグナル伝達物質であるp38 mitogen activated protein kinase(MAPK)が腎虚血の治療標的になりうることを報告している。また、これらケモカインのうち、虚血後早期に発現するmonocyte chemoattractant protein(MCP)-1/CCL2及びその受容体であるCCR2はマクロファージ、好中球浸潤による組織障害を誘導し、MCP-1/CCR2阻害薬や7塩基欠損変異型MCP-1であるドミナントネガティブ阻害薬7NDがその障害を改善する事を報告している。また、平成14年から16年までの米国NIH(Philip M. Murphy博士)への留学期間中には、虚血後後期の線維化にCX3CR1を介したマクロファージ浸潤が関与し、その阻害により線維化を改善する事を報告している。さらに、最近ではCCR1が虚血後後期のマクロファージ、好中球浸潤に関与している事についても検討を進めている。
これら一連の研究は、線維化に至る虚血腎障害を炎症・免疫学的機序、ことにケモカイン・サイトカインを介して詳細に検討しており、高く評価される。これ らの機序は、腎移植や急性腎不全の基本病態として共通であり、臨床に直結するきわめて重要なものである。常に治療を視野に入れた古市氏の一貫した研究は、 世界的に見ても際立っており、治療法開発という面からも腎臓学に資するところが大きいと考えられ、大島賞に値するものと判断された。