大島賞・CSA(Clinical Scientist Award)
平成21年度 大島賞選考結果報告
平成21年度大島賞選考結果報告
褒章選考委員会
委員長 堀江重郎
大島賞は若手研究者を対象に、将来の腎臓学研究のリーダー足りうる人材に光を当てることを目的に設けられており、毎年2名の42才未満の研究者に授与されている。平成21年度の大島賞選考委員会は平成20年10月6日に行われた。今年度は5名の候補者の推薦があり、いずれの研究業績も年齢制限がありながらきわめて質が高いものであった。褒賞委員会では研究の質と広がり、および将来性などについて多岐にわたる議論を行った結果、以下の2名が大島賞に値するものとして推薦し、平成20年12月1日の理事会において承認された。
長瀬 美樹・東京大学医学部腎臓・内分泌内科(22世紀医療センター臨床分子疫学講座)
「高血圧・メタボリックシンドロームにおける腎障害機序の解明」
長瀬美樹氏は平成2年に東京大学医学部を卒業後、同大学第4内科に入局し、以来高血圧およびメタボリックシンドロームの腎障害に関する研究を一貫して行い、近年は特に足細胞障害や糸球体硬化に焦点を当てて精力的に研究を展開している。氏は酸化LDL受容体LOX-1のゲノム解析を行い、機械的刺激や炎症性サイトカインによるその発現調節機構を発見した。さらに高血圧モデルであるDahl-Sラットの腎臓における検討を通じて、LOX-1が高血圧性糸球体硬化進展のメディエーターとしても関与する可能性を報告した。氏はメタボリックシンドロームモデルラット(SHR肥満ラット)およびこのモデルに更に食塩を負荷した系において生じる蛋白尿が抗アルドステロン薬で劇的に改善することを見出し、糸球体足細胞障害がアルドステロンおよびmineralocoticoid receptor(MR)活性化に強く依存することを世界で初めて報告した。さらにこのMR活性化に脂肪細胞由来アルドステロン分泌刺激因子が関与しうることを示し、アルドステロンを介さないMR活性化も足細胞障害に関与しうることを見出した。またスタチンがRhoAの抑制による細胞骨格の再構成を介して、足細胞障害に対して保護的に作用することも発見した。 以上の一連の研究内容は、高血圧・メタボリックシンドロームの臓器障害には共通のメカニズムがあるとのコンセプトに基づき、足細胞障害の病態の解明に貢献したものであり、さらに新しい治療法の開発の可能性を示唆しており、大島賞に値すると判断された。
森 潔・京都大学大学院医学研究科内分泌代謝内科
「腎臓における新規細胞間情報伝達分子の探索と臨床応用」
森 潔氏は、平成2年に京都大学医学部を卒業し、同大学分泌代謝内科(旧第二内科・臨床病態医科学講座)に入局し、一貫して腎臓における新規細胞間情報伝達分子の探索と臨床応用を進めてきた。氏はpodocyteに豊富に発現しラットThy-1腎炎の回復期に発現が亢進する分子としてcystein-rich protein 61(Cry61,CCN1)を同定し、Cyr61がメサンギウム細胞の遊走を阻止することを明らかにし、podocyte由来の液性因子が糸球体のリモデリングに関与する可能性を示した。留学中には、腎の上皮化誘導因子としてneutrophil gelatinease-associated lipocalin(Ngal)の単離に成功し、さらに急性腎不全において尿細管、血液、尿中にNgalが著しく集積すること、リコンビナントNgal蛋白の投与によりマウスの急性腎不全が著しく軽減されることを報告し、急性腎不全に対するNgalの診断的、治療的意義を明らかにした。帰国後は、慢性腎臓病の重症度評価や治療効果の判定に尿中Ngalが有用であることを示し、腎疾患における尿中新規バイオマーカーとしてのNgalの意義を明らかにしてきた。 以上の一連の研究内容は、高い先見性を持って、最先端の研究手法を開発・駆使し、腎疾患の病態形成に関わる新しい分子メカニズムの発見と、臨床応用を実現したものであり、大島賞に値すると判断された。